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パーキンソン病の山登り“yucon”の登山と闘病の記録

難病パーキンソン病を患ってから山登りを始めた“yucon”の山行と闘病の記録

《それから》 

  物語には必ず “おわり” がある。

大抵はハッピーエンドであるが そうでない結末も数多く存在する。

しかし 現実の世界はおとぎ話のように「めでたし、めでたし」「完」「The end」「Fin」と言う文字が出てエンドロールと共に軽快なエンディングテーマが流れたり、幕が下りスタンディングオべ―ションの中カーテンコールがあるわけではない。最後のページをめくり“パタン”と本をたためば全てが終わるわけではないのだ。現実の世界では むしろその後のストーリーの方が大量のエネルギーや時間を必要とする。そして終わりが無いのだ。
 7月の遭難の件、学んだことは数多くある。中でも「現実の世界は その後のストーリーが長く果てが無い」と言うことを良い意味でも悪い意味でも思い知らされた。

 遭難事件から2カ月が過ぎ朝夕の空気も肌に気持ち良く感じられるようになってきた。 身も心も沸騰寸前だった時期は過ぎ クールダウンしてきたのを機にしばらく「それから」を書き記して行こうと思う。

 

 

《 それから Ⅰ 》 

 7月22日夕刻、日没寸前の微妙な時間であったが滋賀県の防災ヘリによって「ゴロ谷」からピックアップされて日野町のヘリポートで救急車に乗換え近江八幡市総合医療センターへ搬送された。

 発見当初は日没間近でヘリの出動ができないので 「ゴロ谷」で一晩ビバークして翌朝、救助隊の方々と一緒に自力で下山するという計画であったが今日中にヘリが来て病院へ搬送できそうだとの連絡が入った。これは救助隊のリーダーが無線でのやり取りで私の状態を少し大袈裟に伝えて下さったこともあるが、同日午後、琵琶湖の北部で18~19歳の若者3人が行方不明になるという事件があり その捜索から戻る途中のヘリに“鈴鹿の遭難者発見”の連絡が入り ヘリポートへ寄らずに御池岳に直行できたということを聞かされた。後日3人の若者は遺体で発見された。この日は比良山系の武奈ヶ岳で20代の若者が滑落し死亡するという事故もあり 20歳前後の若者4人が命を落としたその日に彼らの倍以上の年齢のおっさんが生かされたことにやりきれない気持ちになった。「これでいいのだろうか?いい訳ないよなぁ・・・」 こんな思いがしばらく頭の中を巡っていた。

  

 ビバークの予定からヘリでの搬送に急遽変更になったので 救助隊の方々は焚き火用の木を集めるのをやめて上空から見えやすい場所へ私の体を移動させ ヘリの到着を待った。この間、ビニールシートにくるまりながら 「助かった・・」と心底思いヤマレコ友達のToshiさんに対面した時はその感情で思わず涙が溢れた。

 間もなく、遠くからヘリの音が聞こえたかと思うと周囲で発煙筒が焚かれ 到着したヘリは2回ほど旋回した後ホバリング態勢を取り2名の救助隊員がヘリからロープ一本で垂直下降してきた。ベストタイプのハーネスを着せられてピックアップの注意点を簡潔に伝えられ「もう少しの辛抱ですから!」と励まされた。「このロープを握って放さないように!」と言われ 必死でロープを握りしめた。手を離せばおそらく頭とお尻が逆さまになり危険な状態になるのだろう。隊員の一人が私におぶさるようになったかと思うとすぐに身体が引っ張られて宙に浮いていた。救助隊の皆さんに手で合図しながら感謝の意を表し上昇し眼下に広がるゴロ谷の樹林の中には自分が包まれていたビニールシートを囲むように発煙筒が激しく光と煙を放っていた。ヘリと同じ高さまで来たかと思うと別の隊員の手が伸びて来てヘリの中へ収容された。毛布にくるまれて床に横たえられ「もう大丈夫」と励まされた。

 ピックアップ用のロープを外す前にヘリと繋がっている命綱をつなげるという基本動作を手際よく繰返す隊員をみながら「自分は登山の基本動作を確実に守っただろうか?そもそも登山の基本動作を理解していたのか?」と考えていた。

 登山はレジャー、遊びの反面 場合によっては命を落とす危険を含んだスポーツだ。登山技術という言葉があるが山登りについての勉強など「きちん」としたことがない、せいぜい雑誌やネット上の登山記事や情報を読み知識としてインプットしただけである。しかも情報のカテゴリーは偏っている。この一年間 山登りを続けてきたが装備こそある程度まともになって来たが技術面では進歩が無かったように思う。遭難のご法度と言われる「沢下り」をしたり たき火と言う発想が無かったり、遭難時の装備が物語っている。知識、技術、経験、装備・・・全てが不足しているにも関わらず対峙する山のレベルだけは上がって行った。

 「山をなめるとはこういう事か・・・」身も心も下を向くしかなった。

しかしこの後 地面に叩きつけられるように もっと下を向きうなだれ続けることになる・・・。

                              

                                 つづく

 

 ヘリコプターのピックアップだけでこれだけ話を引張ってしまい いつになればエンドになるかわからないが、このような調子で「それから」を記して行こうと思う。