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パーキンソン病の山登り“yucon”の登山と闘病の記録

難病パーキンソン病を患ってから山登りを始めた“yucon”の山行と闘病の記録

《それから  Ⅱ 》

《それから Ⅱ》

 

 ヘリへピックアップされた後 床に転がり時折全身にかかるGと格闘しながら ぼんやりと 外を眺めていた。夕焼けが素晴らしかったように記憶している。ヘリの中全体を赤く染めていた夕焼けはこれまで見たことのないような美しさだった。

 

 ヘリポートに到着するとストレッチャーに乗せられ救急車へ乗換え、そのまま病院へ搬送された。やっとベッドに横になることができ ひと安心しているとシャワーへ行こうとの看護師からの提案でシャワールームへ この時すでに立上がることすらできなかった。しかし約一週間ぶりのシャワーは気持ち良さ以外の感想はなく湯船に浸かることができたらもっといいのにと考えていた。しかし「膝の傷を洗いますよ~」と言われて凍りついた。右ひざに2か所の裂傷、左ひざに大きな擦過傷、その他全身に傷があった。「少し痛いですよ~」と言いながら傷口をゴシゴシと洗われた。その時の痛みは激痛を通り越して叫び声も出なかった。

 全身を洗われてさっぱり感があるものの 全身が痛むという事実も受け入れなくてはならなかった。足の裏には大きな靴ズレが2か所あり 長時間岩や砂利の上の座っていたのでお尻にもたくさんの傷があった。手首、足首、首、には山ヒルに刺された傷が無数にあった。

 看護師に山ヒルの事を説明してもピンとこなかったようだ、やはり山ヒルを知っている人種はある程度限られているようだ。

 もうひとつ看護師に説明せねばならないことがあった。「肛門から生まれ続けているウジ虫」の件だ。最初「うそォ~、多分幻覚でしょ!」と取り合わなかったが実際シーツの上を這いずりまわる5~6匹の幼虫をみて「わ~っ どうしよう!」とかなり慌てていた。しばらくすると自称 虫が平気な?看護師が来て何匹かをサンプルと言って採取して行った。

 私を担当するドクターがやってきて一通り問診し自分も一度山で遭難したことがあるが1日だけだった。一週間と言うのは想像がつかないとしきりに感心していた。

 膝の裂傷はどうやら骨にまでは到達しておらず致命的な雑菌の侵入も無かったようで消毒とワセリンの塗布で治療は終わり、その他の外傷も消毒後それぞれ傷にあった軟膏を塗布しガーゼ、包帯で保護して完了だった。

 後は点滴、心電図、脈拍等の測定など自分の体の至る所にチューブやコードが繋がれた。今まで入院した経験が無く点滴でさえ初めてだった。その他は特殊な治療を施されることもなかった。

 しかし全身の痛みは尋常ではなかった。全ての治療が終わってベッドに横たわった後は痛みで身動きが取れなかった。左右の手の小指と薬指だけが痛みを伴わず動いたのでベッドのリクライニングのボタンはその2本の指で行った。寝返りを打つのも辛くリクライニングの動きで何とか身体の向きを変えて楽な姿勢を探し続けたがどのポジションも満足することはなった。

 ベッドに横たわっているが 時刻も外の状況も自分が入院している病院の名前すら分からなかった。現実の世界の入口に立ちつくして一歩踏み出すことを躊躇しているような気持だった。このまますんなりと元の世界に戻れるわけがない、いっそのこともう一度山に逃げ帰りたいとさえ思った。身体が元に戻ったらもう一度 あの谷に戻って毎日を過ごそう、今度は装備をきちんと揃えて自分だけの世界で生き続けよう・・・。食べ物が無かったり布団が無かったり電気が無かったり屋根が無かったり不自由も多かったが それと引き換えに究極の自由を享受した。

 しかし自分はいつまでも社会復帰しないわけにいかない、現実世界の入口から一歩踏み出すのだが 時折、不謹慎ながら遭難生活が懐かしく思えてくる。あれ程帰りたいと思っていたのに 人間とは不思議なものだ。

                                つづく