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パーキンソン病の山登り“yucon”の登山と闘病の記録

難病パーキンソン病を患ってから山登りを始めた“yucon”の山行と闘病の記録

遭難現場の検証 ①

 今夏の遭難について抽象的な原因や過程、結果については「ヤマレコ」や当ブログで書いてきたが具体的な位置や時間、状況、なぜ迷ったか?など疑問点も多く自身も釈然としないまま今日まで来た。いわば精神的原因は概ね結論が出たが具体的原因についてはほんの僅かしか解明できていなかった。なぜなら遭難以降現場へ行って自分の目で見ていないからである。人間の記憶は時に曖昧なもの、ましてや瀕死の状態まで追い込まれていた人間の記憶にはまだまだ不明な点が多かった。

 推理小説によくある捜査の基本「現場百回」ではないが自分が現場へ行かなければ今夏の遭難の件についてこれ以上前に進めないと思い先週に丁字尾根下降口、そして今週はP967地点まで現場に迫った。核心部分(下降口~P967)を残しているにも拘らず、かなり多くの重要な情報が記憶の引出しの奥から出てきたので検証の中間報告として記録する。

【遭難初日】

  初日、下山時に思いがけず遭遇した他の登山者と同行し二人で道に迷いゴロ谷の第4か5尾根を登り途中で日没になりボタンブチ直下の僅かなスペースでビバーグをすることになってしまうのだが、まず同行者とであった場所はP967の御池岳側のもっとも低い地点いわゆる「コル」である。そのコルのゴロ谷側から手ぬぐいを持って歩いてこられた。そこで「手ぬぐいを見たのが2回目なので拾ってきた。同じところを2回も周っているようだ」、私「丁字尾根のこの辺(地図を出して指差していた)にいると思いますから一緒に行きましょう」と指している地点が既に違っていた、自分はP967は通過してP918の手前と思い込んでいた。そこからP967に向かって左側(東、小又谷側)へ回り込むとロープがありP967の上に乗り尾根芯に戻る。しかしあの時は二人ともそれに気が付かなかった。登山道はてっきり右側(西、ゴロ谷側)と思い込みP967の右側下を通り尾根から逸れて行き迷ってしまったのだ。逸れて下った後、登り返して一度丁字尾根に戻っていたことも思い出した。その狭い尾根で休憩をした。休憩直前同行者がペットボトルを落とされたことも思い出した。しかし戻った尾根が石楠花の木で覆われていたうえに痩せ尾根だったためそこを正規の登山道と思わず二人とも間違った尾根に出てしまったと勘違いして再び彷徨うのである。終には薮だらけの尾根からゴロ谷方面へ下り沢に降りた。私は降りる直前に3m程滑落して打撲を負うのである。

 沢に出たらなんとかなると言われ、それはそうだと納得して沢を下るも出口は滝の落ち口であり滝壺ははるか下、とても巻いて降りるようなことは無理であった。仕方なくまた尾根に上がろうと登り始めたのがゴロ谷の第4か第5尾根につながる斜面であった。

 P967の左側に回り込むと道があることに気付かず反対側へ進み迷うのだが踏み跡はあったように思う。同じ様に間違われた方の踏み跡かわからないが正規の登山道でないが歩き易かった記憶があり余計に疑いを持たず進んでしまっていた。

 いずれにしてもP967のコルからPまでが重要なポイントであり そこで迷わず左のルートを選択できるようにしておくべきだ。 

 【2日目】

 日の出直後から再開し慎重に一足を進めようやくテーブルランドに這い上がり同行者と二人で無事を喜んだ。

 しかし、ここからまた二人の奇妙な行動が始まり 丁字尾根下降口をs探してテーブルランドを彷徨い歩く何度もルートを変更して鞍掛峠、土倉岳からの下山ルートを口にしたり思い浮かべたりするのだが丁字尾根に拘ってしまう。下降口には目印として緑のテープが貼ってあり、その緑テープに拘っていたと記憶する。ようやく見つけた下降口から尾根を降りて行くが何度も尾根を間違い下っては登り返す。この時すでに正気を失っていたと思う。

 P967のコルへ辿りついた時は既に脱水症状であり水を求めてコルからゴロ谷へ緩やかな斜面があるように見え下るのだが途中から急坂になり 木にロープを巻き懸垂下降するもあと3m程を残しロープが無くなり手を離して谷へ落下。全身を打ちつけてその場でしばらく動けなくなる。それから5日間ゴロ谷に閉じ込められることになった。

 

 【検 証】

 今回の遭難の最初のきっかけは丁字尾根P967での間違いに端を発した道迷いだ。昨日は季節柄木々の葉も落ち見通しも良かったが7月は薮は険しく草木も生い茂っていた。二人が二人共に勘違いをしていた。そして一旦は正しいルートに戻っているのに出た所が薮の険しい痩せ尾根だったため違う尾根に出たと思い込み再び登山道を逸れて沢へ降りて行った。

 何度も何度も元に戻る、やり直すチャンスがあったのだが残念ながらことごとく、その機会をものにしていなかった。あるいは勘違いをして自ら放棄してしまった。当時を振り返ると下山への焦りもあり、かといって同行者への依存もあったように思う。自身もう少し慎重かつ冷静な状態を保ち行動していればここまでの惨事にはならなかったであろう。慎重かつ冷静な状態を担保するのが知識や経験、装備や準備だと考える。中でも経験以外は自らの積極的な行動により短時間でいくらでも充実させることができる。投資金額に比例するとも限らない、少ない資本でもいくらでも知識は身に付けることができる。地図とコンパスの最低限の装備を最大限に活かすのは自らの知識である。高度計付きリストウオッチやGPSの機能を100%活用するのは難しいが地図とコンパスを120%活用することはできなくもない。

 今回現場へ足を運ぶことにより遭難のきっかけとなった地点や間違った場所がはっきりと解った。なぜ二人して尾根から逸れて行ったのかということも判明した。

かと言って遭難事故が0になる訳ではない。きっかけとなったひとつのシチュエーションがわかっただけであるが他の山行にも応用していただきたい。

 そして知識と装備を充実させて経験を積み絶対安全登山をお願したい。

具体的な原因と書き出したが最後はやはり精神論になりそうである。なぜなら書いていて辿りついた結論は「山に対する姿勢」だからだ。遭難事故の当事者となり生還して一日たりとも忘れることができなかった。毎日なぜと考えて何とか今の時点でわかってきた事は「山に対する姿勢」。姿勢が真摯で謙虚であればあるほど充実した山行が体現できると思う。将来もっと真理に近付けるかもしれないが、今の自分にわかることはこれが限界である。

 もう一度自身の姿勢を見直して行きたい・・・。